「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、
貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、
真心を尽くすことを誓いますか?」

白衣に身を包んだ神父に「誓います。」そう答えたあの日から30年。
誰にも打ち明けたことはありませんが、実は過去に一度だけ
大きな過ちを犯してしまったことがありました。

「今日から新しくこの部署で働くことになった水野くんだ。
入社したばかりで分からないことも多いだろうから、どうか一つフォローを頼むよ。」

―遡ること20年前。
結婚10年目を迎え、『幸せいっぱい』といかないまでも、妻と2人
平穏な日々を過ごしていたそんな時―
人生を大きく揺るがす大きな出来事が私の身に降りかかってきました。

「先程ご紹介に預かりました、水野かおりと申します。
前の職場ではお客様から預かった申込書を入力するという仕事に従事しておりました。
これまでの経験を活かして精一杯業務に取り組んで参りたいと考えておりますので、
何卒ご指導のほう宜しくお願い致します。」

水野かおり。
自らをそう名乗るその女性は、端正な顔立ちをしており、
周囲の人々を温かい心で包み込むかのような大らかな雰囲気を身にまとっていました。
「水野さんって、彼氏とかいるのかな?」
「バッカお前。あんな可愛い子に彼氏いないわけがないだろ。」

それからというもの、社内は専ら彼女の噂でもちきり。
男性陣は皆、目をハートにして、あの手この手で気を引こうと画策していました。
私はと言えば、浮ついた気持ちこそあったものの、
(妻一筋。)
そう自分に言い聞かせ、自ら進んで彼女に近付くといったことはありませんでした。

しかしながら、男と女のいたすこと。
先輩後輩として長く親交を重ねるうちに、私は彼女に対して恋慕のような淡い情を
抱くようになりました。それは、彼女も同じだったようで。

「私のこと、どう思ってる?」

忘年会の帰り道で偶然2人きりになった時、不意打ちで彼女にそう訊ねられました。
愛する妻を裏切るような非道な真似はすまい。
固くそう自身に言い聞かせていた私でしたが、うるんだ瞳と艶めかしく光ったグロスに
圧倒され―気付けば自身の唇を彼女の唇に重ねていました。
互いの気持ちを確かめ合ったその後は、タクシーで人気のないホテルまで向かい―
そのあとは皆さん、どうなったか言わなくても分かりますよね。

浮気を肯定するつもりも美化するつもりもありません。
ですが、〝『汚らわしい』『不道徳だ』などという言葉で片付けて欲しくない〟
心のどこかでそう強く願う自分がいるのもまた事実です。
私のことを一途に愛してくれている妻にはたいへん申し訳ないのですが・・・
あの日の夜、私の身に起きた出来事は一生忘れることの出来ない、
大切な思い出です。

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