彼のことを愛しています。
世界中で誰よりも、一番。

私の結婚は、親同士の会社が上手くやっていくための
いわば『政略結婚』でした。会社、といっても地元でしか
知られていない小さな自営業の会社ですよ。
「頼む。もうお前しかいないんだ。下の娘たちは私の話を全く
聞かないし、相手の方に紹介するのも気が引ける」
我儘でズボラな二人の娘に代わって、政略結婚に差し出されたのが、
この私でした。『父の教えは絶対』という風潮がありましたので、
それに異を唱えることはできず、渋々その方の籍に入りました。

「ふーん、君が紫音ちゃんか。ま、思ったよりは良いんじゃない。
顔も悪くないし、スタイルはいまいちだけど、胸はでかい」

初めて主人と会った時、主人は私の身体をジロジロと見てこう言いました。なんて失礼な人。心の中でそう反発を覚えましたが、
反発したところでどうしようもない。この人との結婚はもう決まったことなのだ。
自分にそう言い聞かせ、黙ってその人の話を聞いていました。
好きでもない人と結婚して早3年。
こんな人生もうイヤ。
生まれ変わってもう一度別の人生を歩みたい。
そう強く願っていた時、目の前に現れたのが彼でした。

「久しぶり、紫音さん。僕のこと、覚えているかい?」

紺色のスーツに身を包んだ、華奢な身体つきの男性。
はて、この人は一体誰だろう?
疑問に思い、首を傾げていると、ニコリと微笑を浮かべて、
彼はこう言いました。

「小さい頃この近くに住んでたんだ。
昔、よく一緒に遊んだんだけど。覚えてないかな?
いつも赤い帽子被ってた―」

そういえば昔、学校帰りによく一緒に遊んでた男の子がいたっけ。
その子かな?
そう思い立ち、私も彼に話し掛けました。

「ひょっとして幸人(ゆきひと)くん?」

見覚えのあるその名前を出すと、彼は嬉しそうな顔をして
「うん」と大きく頷きました。サラリと揺れる茶髪の髪、
キリリと大きく見開かれた瞳―
今思えば、偶然彼と再会したあの時から、
既に私の恋は、始まっていたのだと思います。

その後、私は旦那に隠れるようにして、コッソリ彼と
密会するようになりました。私が既婚者の身であることを承知で、
彼は私を抱いてくれました。彼には何のメリットもないのに。
「紫音ちゃんの悲しむ顔は見たくない。ただそれだけ」
理由を訊いたら、そんな答えが返ってきました。
そんな嬉しい言葉を私に囁いてくれる人が、あと世界中にどれだけ
いることでしょう。一人でもそう言ってくれる人がいたことに
驚き、そして秘かに涙しました。
「オヤジが煩かったから結婚したけど、好きでもなんでもねーから
この女。一刻も早く別れてーよ。でも別れたら色々と面倒だしな」

酒に酔っ払った主人が、電話口で友人とそんな話をしているのを、
何度も耳にしました。
私は一生、誰からも愛されない。
ずっとそう思っていました。あの日あの場所で彼と出会うまではー

「24でもうお嫁に行っちゃったの?
こんなにべっぴんさんなのに。もったいないなあ」

彼はそう言って、何度も優しく私の身体を抱き締めてくれました。
彼にそう褒められると、自分が世界で一番幸せなお姫様になったかのような、淡い錯覚を覚えました。

「父親に「嫁に行け」ってそう言われてね。
抵抗することができなかったのよ」

そう口にするたび、何とも苦々しい想いが胸に湧き上がってきました。
好きでもない人と結婚。そうせざるを得なかった自分。
父親に縛られている自分の人生―
しかし、彼はそんな私の人生を否定することも嘲笑うこともせず、
ただ黙って優しく私の話を聞いてくれました。

彼と出会うことができて良かった。
胸の底から湧き上がる喜びを、感激の情を、うまく言葉で
言い表わすことができません。
彼と出会わなければ私は一生、何の楽しみもないつまらない人生を
送っていたことでしょう。
彼と出会ってから、私の世界は少しずつ色づいていきました。
真っ暗な暗闇に光を灯してくれたこと。
温かいぬくもりを分け与えてくれたこと。
そのすべてに、とても感謝しています。

ありがとう、私の大好きな人。
これからもずっと隣で、たくさん楽しい話聞かせて下さいね。

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