「不倫なんて、私には関係ない」
ずっと、そう思っていました。あの日あの時、彼と恋に落ちるまではー

彼とは、今の職場を通して知り合いました。
主人と結婚してから約6年。新婚当初のトキメキも薄れ、マンネリ気味の夫婦生活を送っていた、そんな時、目の前に現れたのが彼でした。

「初めまして、東山さん。
僕の名前は久屋優人と申します。以後、宜しくお願い致します」

初対面の彼に対する印象は良くもなく、悪くもなく。
「どこにでもいそうな、ごく普通の男の子だな」
心の中でそう思ったのを覚えています。

「東山さん、それ荷物多くない?
俺、今手が空いてるから手伝うよ。どこに持っていったらいい?」

彼が私のいる会社に入って約半年。
一人前とまではいかないまでも、ある程度上司から認められるようになった彼は、余裕のある時に、私の仕事を手伝ってくれるようになりました。

(ああ、良かった。親切な人が職場に来てくれて。
おかげでだいぶ仕事がやりやすくなったわ)

あの時までは確かに―
私が彼に対して抱いていた感情は、友人としての感情でした。
頼り甲斐のある、優しい人で良かったなあ。
そんな想いしか、頭にありませんでした。

その情が大きく揺り動いたのは、それから数日後のこと。

「君がいる職場に、新しく新人の子が入って来たって本当かい?」

夕食の支度をしていた時―不意に主人が私にそう訊ねてきたのです。
街中で偶然出会った同級生が、私のいる会社で働いていたらしく、
新しく入ってきたその人の話を、掘り葉掘り聞かれました。

「ええ、入ってきたわ。でも、それがどうかしたの?」

「ふーん、どんな人?」

「周りが嫌がることを率先してやったり、困ったことがあったら、スグ
助けてくれる親切な人よ。前よりすごく仕事がやりやすくなったわ」

そう答えると、主人は鼻をフッと鳴らして私にこう言いました。

「馬鹿だなあ、そいつ。人の仕事手伝ったりする余裕なんてないだろうに。
そういう要領が悪い奴から落とされていくんだ、世の中ってのは」

『他人を蹴落としてでも、上に這い上がってやる』
主人はそんな強い上昇志向の持ち主でした。
それが彼の良いところでもあり、悪いところでもあり―
モヤッとした感情が胸に湧き起こり、数分ほどおし黙ってしまいました。

(“馬鹿”・・・確かに、そうかもしれない。
だけど、この世を生きていくうえで、『優しさ』っていうのも、
大事なんじゃないかしら?)

…彼が損な役割を引き受けられている場面は、これまで何度も見てきました。
同僚がした仕事のミスを「私の失敗です」と言って、上司に頭を下げたり、
誰もやりたがらないトイレ掃除を、一人残って黙々とやっていたり―
ダメな部分をたくさん見ているはずなのに、どうしてか私の心は、
大きく彼に揺り動いていきました。

「東山さん、大丈夫?何だか今日元気ないね」

次の日、会社に行くと彼にそう声を掛けられました。
「なんでもないよ、大丈夫」そう言ってごまかそうとしましたが、
うまく笑うことができませんでした。

「俺でよかったら話聞くけど。や、俺じゃ駄目か。頼りないし」

アハハと豪快に笑い、彼は私にそう言いました。
その優しさに、思わず触れてしまいたくなり―
この後の経緯は、皆様のご想像にお任せします。
(長くなりそうなので、この辺で割愛しますね。)

主人への不信感から芽生えた、幼い恋でした。
しかし、彼と関係を結んだことを後悔したことは、一度もありません。
あのまま主人の言葉に締め付けられていたとしても、楽しいことは
何ひとつなかったでしょうから。
彼と出会うことが出来て良かった。恋に落ちた相手が彼で良かった。
心の底からそう思います。

「誰しもが、不倫という過ちを犯してしまう危険性がある」
その言葉をここに記し、筆を置かせて頂きます。
最後まで私の拙い文章をお読み下さり、どうもありがとうございました。

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